家は壊れるもの

敷地内の通路はもちろん園地やゴミ集積場などの共有部分、敷地を形成する斜面地や緑地など、1戸の住宅では保持しきれない要素がある。それらを含めて個人の保有として管理するのが日本の現行法のルールであるが、基本的に擁壁などは隣戸への影響が多大であり、個別の住戸で保全するという考え方には無理がある。そこで、敷地持ち分に合わせて専用使用エリアを別に定めたのがこのプロジェクトの特徴である。これは自主ルールであり法律としての決定的な規制ではないことが居住者の融通性を生み出すことになる。
程良いにじみ出しが暖かいコミュニティこうして浄瑠璃プロジェクトは生き続けている。ルールとなる。浄瑠璃プロジェクトに続く事業は、(特)NPOFUSION長池から生まれた(特)NPOFUSIONの住宅づくり事業支援事業としてNPOFUSION夢見隊が第二弾として活動を始めている。

同様に(特)NPOFUSIONの住宅管理支援事業住見隊の活動から「(特)多摩ニュータウン·まちづくり専門家会議」が永山ハウス(仮称)プロ生まれたジェクトを推進している。
このように地域での住まいづくりは着実に前進しており、時間は掛かるが地域のコミュニティビジネスとして定着しはじめている。多摩ニュータウンの拠点市街地その開発の歴史から見ると分け方も多様になるが、多摩ニュータウンの市街地は、地形的な区分や駅勢圏などの都市施設の連担などを考慮すると概ね三つに分割できる。
依頼主の希望で作業日は10日間一つは永山駅多摩センター駅を中心とした多摩市域と一部の八王子市域の生活圏、そして二つには稲城駅若葉台駅、南多摩駅の利用を前提とした稲城市域の生活圏、さらに三つ目は京王堀之内駅、南多摩境駅を利用する八王子市域と町田市域の生活圏に分けられる。これらの市街地の大沢駅、誕生時期も規模も開発手法も、それぞれが特徴のある形成と発展をしている各々の拠点駅を中心に開発された時期が大きく異なるという特徴から、住宅整備の状況にも

社会背景のずれがあり開発手法にも市街地の特徴が見られる。

また開発された時代の計画技術や社会的な通念が市街地の景観をさらに特徴付け、まちの今後の方向性をも左右しているように見えるたとえば最も開発初期の永山駅と最近の若葉台駅周辺の市街地の様子は全く異なっている永山駅が駅前に公民館や図書館、郵便局に総合病院など公的な施設が集中している状況と比較すると、若葉台駅前には住宅が張り付いていても郵便局一つなかった状況である。

街開きから七年、漸く郵便局が整備された。都市は成長変化を続け、成長ばかりではなく衰退をたどる場建物はいつか朽ちる。合もある。現在建設されている建物は少なくとも-00年は利用できるもので、管理状況さえ良ければさらに持つだろう。しかし、0年後の日本の人口は現在の半分に減っている。五○年後にしても11割は減少しているだろう。

そうした状況の中で、現在利用しているマンションが五○年後や七○年後に建て替え時期を迎えたとき、実際に建替を実現できるだろうか。結論からいうと、建替を進めるよりは自ら適した住宅に移り住むという動きが進むだろう。住まいは建てる時代ではなく、あるものを旨く使う時代に入っている。もちろん世帯数も減少しており、空き家が増加して住まいの選択肢が増えているはずだ。
その時、多摩ニュータウンの中での市街地の盛衰も見えてその地区の利用価値が評きて、価され、その市街地の永続性が決まることになる。
そして市街地にある住宅の特性が、住まいの選択の時代に耐えうるものであるかどうかが問われることになる。

住宅が建築されると駐車場のような更地と比べて

住居に掛かる経費は限りなく低下してくると予測され、住宅余剰が家賃や中古市場価将来、

格を下げ、むしろ住宅の維持管理費用に準備された資金力の有無がマンションの格を左右する時代になる。維持管理の継続はマンション管理の基本であるが、管理組合員全員が資力のある世帯とは限らず、一部の未納者が生まれると連鎖反応的に管理費や修繕積立金の収納ができなくなる可能性もある。
多摩ニュータウンを三つに分けてみたが、その地区の特徴ある成長を促すためには、住宅だけではない市街地の魅力を生み出すことも必要になろう。
その為には何を成すべきか、多摩都市間競争の結末には、もしかすると多摩ニュニュータウン市民に課せられた課題である。タウン内での綱引きが始まる可能性すらあるのだ。
持続可能な多摩ニュータウンを創るために多摩ニュータウンの新住区域の構成は、戸建て住宅地区、分譲マンション団地、公営住宅団各々の固ほりがパッチワークされたのが地、そして機構賃貸団地、公社賃貸団地に分けられ、東西に延びた市街多摩ニュータウンの形である。
エコロジー多摩ニュータウンを俯瞰するように見ると、北の大栗川沿いを野猿街道が走り南側の多摩丘陵の尾根部を南多摩尾根幹線道路地に沿って、そしてその中間の乞田川と大栗川沿いを多摩ニュータウン道路が走る。そこを南北に鎌倉街道を始めとする幹線が縦に繋ぎ、井形に囲まれたスーパーブロックを形成している。スーパーブロックは約二00ヘクタールほどの単位で区分され、さらに近隣住区を構成する街区が埋め込まれている。幹線で囲むはしご状の街路は谷部を結び、ladder構造丘陵部に住区を配置する。
地形に合わせて街区を構成し、その中に歩行者系の道路を繋ぐように整備し、車道に囲まれた中に取り込まれた公園緑地をネットワークしながら歩行者専用道路は駅や拠点施設を連結する。学校などの公共施設用地と近隣センターなどの利便施設を近隣住区の接点に配置して、各住区内での生活が組み立てられるような仕組みを盛り込んでいる。
このような画期的な市街地構成が可能だったのは新住法によるところが大きいが、こうした近隣住区の考え方、ラドバーン.システムの広がりは新たなニュータウン開発の手法としては疎まれて、従来型の区画整理方式の開発手法が採用されることが多くなっている。
しかし、多摩ニュータウンの姿は新住法が如何に超法規的な法律であったかを裏付ける景観を見せてくれる多摩ニュータウンはこうした経緯を経て都市の骨格を創ってきた。多摩市エリアでは住宅市八王子市エリア·稲城市エリア、そして町田市エリアと延びてきた。街地は埋め尽くされ、しかし時代は変わった。

固定資産税評価額

多摩ニュータウンの拡大を予想して都市機構などが買収していた町田市の丘陵部も宅地化することなく町田市が格安で買い上げ、農業公園へと整備される事になったし、多摩市域に散在する緑地なども市が購入する事になった市街化は人が集まってこそ拡大するのであり、すでに時代は縮小に向かっている。今後、多摩ニュータウンの都市計画は、作られた都市の骨格を基本に市街地を形成していくことになる開発が始まって以来三分の一世紀を迎えた状況の中で、ほぼ全域の開発状況が見えてきた。市街地の形や特徴もあらかた明らかになった中で、個々の市街地の持続性が問われることになりそうだ多摩センター駅周辺が勝つか、若葉台駅周辺が勝つか、いやいや南大沢駅に軍配が上がるかいよいよ兄弟喧嘩が始まる予感もする。
連戦連勝地域は補完し合うことで相乗効果を生み出す。都市は

各々の役割を担うことで、四市に分かれた多摩ニュータウさらに大きな都市に生まれ変わる。ンを1つの計画組織にすることが求められている。互いに反駁しないで協調してまちづくりをそして持続可能な開発が進むように協力し合わなければならない。進めるために、

ニュータウンの未来を綴る第八章都市の資産高齢者の財力を活かす多摩ニュータウンの高齢化は局所的に始まっている。

とりわけ公的賃貸住宅の比較的古い高層住宅で顕在化している。こうした住宅は高齢者を集める条件が整っているので次第に高齢化が進む構造となっているが、実は高齢者のパワーは偉大だ。全国値ではあるが、六〇歳以上の世帯の貯蓄額は平均を遙かに上回っており、貯蓄動向調査によると一世帯平均二千万円を下らない貯蓄額がある。それも負債を除いての純貯蓄額であり、全て消費に回せる金融資産である。

もともとは中堅勤労者であり、多摩ニュータウンに居住する高齢者世帯は、相当の退職金などを受けた世帯も多いはず、従って貯蓄額も平均値に近いと考えられる。こうした高齢者世帯の多くは、エレベーターがないなど住み続けられない持ち家住宅に居住する世帯である。年代的には退職金などで資金的な余裕がある世代であり、買い換えなどでバすでに移転している世帯も多い。

しかし、リアフリー住宅へ移動できる世帯でもあり、資金力のない世帯は移住が困難で取り残されており、比較的貧しい世帯が多摩ニュータウンに残る結とはいえ住み替えせずに定住化した高齢者世帯には大きな負債果となっていると考えられる。もなく、年金生活での安定した暮らしが維持できていれば、幸せである。多摩ニュータウンの安定した地域社会を形成する一員として今後も住み続けることができる世代である。