検認の申立て

1億円の土地

多摩ニュータウン市民が七割を占める多摩市の場合も、大半が多摩ニュータウンに属しているが多摩ニュータウンのマンションのみを対象にするわけには行かず、他の既成市街地のマンションと同等に扱うには、困難なハードルがありそうだ。査定の難しさ、資産の長期的な保証の問題など簡単にはいかない理由が噴出しそうである。マンションに対するリバースモーゲジを都がやっていないこと自体が、大きなハードルになるに違いない。それが行政の限界であり現実的な対応である。そこで提案であるが、多摩ニュータウンの団地管理組合の修繕積立金を基金にマンション用のリバースモーゲージができないかというものである。
共通の悩みを持つ者同士が助け合うという構図は、リスクも共有しているので、可能ではないかと思うのである。多摩ニュータウンその資産は多摩ニュータウン市民の財産であり、は、独立した安全都市である。その資産を統

合することで大きな保証を生むことができる。マンション資産のリバースモーゲージも同様な考え方で実行できるはずである。

資産が値減りするかどうかは多摩ニュータウンに住む人々のたとえ資産が値減りしても自分たちの財産である。共通のリスクであり、リスクは共有し、同じレベルで助け合うことが可能である。従って担保となっているリバースモーゲージの資産運用もリスクを共有しているだけに公平に展開する。たとえば、多摩ニュータウン全体を大きな投資ファンドに例えよう。その場合には、多摩ニュータウンに投資された資金が多摩ニュータウンに運用され、多摩ニュータウンの活性化に向けた資金活用も可能になる。
こうした資金を活用してさらに活性化する多摩ニュータウンを形成するという循環の仕組みを作り上げると、多摩ニュータウンの資産、つまりマンション資産も高額に評価できるようになり、リバースモーゲージも高い支援額を保証できることになる当然、投資ファンドを購入した投資家にも、それなりの見返りが生まれる。経済の仕組みは意外と簡単ではないかと思ってしまうことがある。
今後、こうした制度が充資産は流動化し生活支援が可能になり、実することで、生活は安定し高齢者の消費意欲も生まれ地域の経済が活性化する。経済は素人であるが、こうした流動化の仕組みはイソップ物語の北風と太陽生涯を安心して住み続けられる環境が整えばに習う仕組みだと心得ている。
マツダスタジアムの駐車場蓄えは支出に回る。安心社会が形成された地域に人々は集まり、そして地域経済は循環し、循環する経済規模は拡大しさらに社会は安定していく。高齢社会に真っ正面に向かう行政が勝つ若年層が転入している稲城市では現状を喜んでいるばかりでは問題で、多摩市が過去にそうであったように人口の増加を支えるためには基盤整備や施設整備が必要とされ、新たな財源投入が求められることになる。
また転入する世帯はローン返済を担っている余裕のない世帯でも豊かな消費活動を継続することは困難な世帯でもある。あり、こうした状況を客観的に受け止投資すべき学校などの施設整備と人的な体制が10年もすると次第に無用のものめると、なっていくことを回避する姿勢が必要である。
海外の例では簡易校舎で一時期を凌ごうという方法も提案されており、現状の文部省の施設基準ではなく独自の施設基準を持つ校舎のあり方も検討すべきである。
また広域的な自治体組織での施設利用も視野に入れた整備が望まれる一方で、蓄積した資産がある多摩市について言及すれば、都市の潜在的な財力を持っている高齢者を外部に逃さない政策が必要であることを改めて認識すべきである。
福祉施策に財政が追いつかないと憂うよりも、元気な高齢者が住み続けられる環境を作る方が、よほど経済を刺激することになるのだということを十分理解して、多摩市から転出する熟年世帯の移動を抑制する手だてをとるべきである残念ながら、現状での多摩市の高齢者及び高齢者予備軍の豊かな世帯は、外部にバリアフリーの終の棲家を求めるしかなく、転出している。

多摩ニュータウンに住み続けたいと希望す住み続けることができる住まいが無いことが原因で、る高齢者世帯も、都心回帰や多摩ニュ多摩市から八王子市へ、タウン内の隣接市に移住していると考えられる。稲城市へと住み替え皮肉にも多摩市はこうした裕福な世帯を追い出す仕組みを持っていて、は容易である。いつの間にか資金力のある世帯を、将来とも豊かな消費者として住み続ける世代を追いやっている状況がある。これでは余計、市政の経営が困難になるばかりである。

多摩ニュータウンは四つの市がそれぞれの役割を持って成り立っているという考えに立てば各々が特異性を発揮することで多摩ニュータウンという地域をさらに活性化させることが可能顕在化している高齢化については、隣接他市が薄めてくれることを認識すべきであるになる。
コミュニティ活動の仕掛け

都市計画道路の予定地がかかっている土地の評価

ミーヤキャットエサやり体験
多摩ニュータウン全体の人口ピラミッドは全国平均から大きな隔たりはなく、むしろ子供世代の比率も高く、新規分譲マンションなどの供給により引き続いて子育て中のファミリー世帯の転入が進んでいる。多摩市に親を持つ子世帯が多摩ニュータウン内に転入する構図があるとすれば、多摩市の高齢者の居住継続は安心である高齢者が安心して居住できる場の提供があれば、周辺に子供が戻ってくる。安心して孫の顔を見る生活が可能で、時々孫の面倒を見て若い世帯をサポートすることも生き甲斐になる。こうした環境を多摩ニュータウンは提供することができるのだ。
一つの自治体での完結を求める四つの行政の連担によって成立するニュータウンが求められている。のではなく、繰り返していうが、現状の高齢者及び高齢者予備軍は実質的には高い貯蓄額を持ち、引き続しかし、現状の住宅ストックでは住み続けき多摩ニュータウンに住み続けたいと思っている。られないことから、敢えて移動を意識せざるを得なぃ状況にある。
住み続けたくても住み続けられない建物に居住する高齢者世帯及び予備軍がどのような動きをしているのか、その実態を探り、対応策を検討していく必要がある。

多摩ニュータウンの住宅·市街地

ライフスタイルに合った住宅整備ウサギ小屋に住む日本人が物議を醸したのは、一九七九年昭和五四年のEC(欧州共同の報告書が元になっている体)が、当時の最先端だったはずの多摩ニュータウンでも六○平方メトル以下の住宅ストックが主流でその後の国際的な批判を受けてか、主要な住宅供給の住戸面積は八。
平方メートルを超えた。とはいえ、住宅戸数確保が第一に考えられていた住宅政策が長く続いた結果として、それまでの住宅面積が狭小であったことは否めない。一九七二年のオイルショック以降、日本の住宅の規模は上昇し続けた。国が指針とする住宅建設五箇年計画も居住水準アップを指針に定め、新規供給の住宅規模の増進を図ってきた。

入居者専用地方によっては国の補助金で建設する公営住宅が、地域の民間賃貸住宅よりも良好な住環境や広さを持つことで民業圧迫との批判も受けながらも、とにかく供給を続けてきた経緯がある。時代が移り、住宅建設五箇年計画は第八期で終了し、平成一八年に新た住生活基本法が産声を上げた。な基本計画として

すでに日本における新たな住宅供給は諸外国に劣らない居住水準を確保している。多摩ニュータウンで供給されているマンション事例を見ても、100平方メートルを超えるマンションはざらである。

最終の第八期住宅建設五箇年計画では、マンション型の住宅供給に用いられる都市居住型誘導居住水準は四人世帯で九一平方メートルの専用面積になっており、多摩ニュータウンでの民間の新規供給のマンションを見ると、すでに目標水準は到達していると言える。こうしてファミリー向けに作られてきた多摩ニュータウンの住宅ストックは応の成果を得て、全体的な居住水準の向上に寄与してきた。
しかし最近の家族事情は世帯の小規模化であり、逆に住まいの広さが居住の継続を妨げている状況も見られるようになった。とりわけ戸建て住宅の管理は高齢者の体力では荷が重く住み替えする世帯が増えている。

また、中層のエレベーターのない団地の1階の住戸が売りに出されると、必ず入居するのは高齢者世帯であるなど、管理費が安くバリアフリーが確保できる1階に人気が高い。多摩ニュータウン開発の初期に建設された中層の団地にはエレベーターが未整備だが、その建物もシンプルだか分、管理費は少ない。壁構造であるため耐震的にも安定している。また、年金生活の高齢世帯には住みやすい条件が整っている。ら修繕費も割安で、中古市場では一九七八年建築の五四平方メートルの住宅が一一00万円で販売されているものでは、管理費四五00円/月と修繕積立金一三000円/月の合計が毎月の出費になる。
相場から考えると購入すれば一二年間の家賃相当額で購入できる計算になる。供給の時代から選択の時代に移っている。かつて住宅の選択は新たな時代に入っている。型別供給という言葉が公的賃貸住宅の住宅施策の一つの方向性として打ち出されてきた。型別選択しかし、市民の意識は家族の規模やライフスタイルに合わせたをし始めている。

世帯の形に合わせた住まいを選択することのできる不動産市場を求めており、家族事情に合った多様な住宅整備が待たれている。
それはファミリー向け一辺倒に供給してきた多摩ニュータウンの住宅課題であるコンパクト住宅が新しいニーズに多摩ニュータウンには大量に供給された住宅ストックはあるが、エレベーターも少なくバリ

アフリーの環境は得られないし、エレベーター付きの新しい住宅はやたら面積が広く管理費が高額になっている。
とりわけ最近の民間マンションの管理費は八〇平方メートルを超える住宅の場合でも1万円を超える管理費が必要になり、管理費や修繕積立金といったランニングコストの増加が高齢世帯などの住み替えをためらわせる要因になっている。
こうした管理費や修繕積立金の出費は年金生活の高齢者には直接的な生活費の圧迫となって響いてくることから、エレベーターの無い中層住棟1階に人気が集中することは致し方ない現象である。従って1階の中古価格は安定しているが、最上階の価格の下落は顕著で、特に古い住戸の上層階は1階に比較して極端に安くなる。

逆L字型

朝日新聞デジタル

一千万円前後で販売されている中古マンションの希望価格で1階と五階では二五〇万円の差がついている例もある。市場はコンパクトな住宅を求めているのに、新しいコンパクトな住宅が多摩ニュータウンにはない。これまでファミリー中心の住宅供給を進めてきた結果であり、民間の住宅供給に移った現在も尚、広規模の住宅ストックの形成を目指していることに変わりはない。これには土地都や都市機構の土地利用方針にも関係していると思われるが、の販売元である、今後の多摩ニュータウンの住宅供給には違った考え方も必要になっている。
現在の大規模に供給されているマンションを購入する世帯の多くは、住宅の一次取得層であり、子育て世帯を中心にした購入者という背景がある。また、マンションを企画する側にとっても、高齢者向けの小規模な住宅を売るよりも規模が大きい方が経費も少なくすむとの見方もあろう。低金利に支えられている住宅販売というメリットを生かすためには、また、住宅ロンの設定が欠かせないといった販売戦略上の理由があるとは思う。
しかし、高齢単身世帯の需要は高い。
こうした高齢者を老人ホームに送り込むのではなく、多様な家族との共生できる居住の場に迎え入れる住まいのあり方が望まれている。時代は老若男女が混在して多様化する社会構造になりつつある。

その中で、ファミリー世帯のみの社会構

多様な世代が混在した環境を提供できる開発も待たれてい造のマンション供給だけではなく、るのではないかと思うのである多摩ニュータウンが将来に渡って住み続けることができる都市として持続するためには、そろそろ偏った土地利用や世代構成の考え方を改め、世代を超え、家族の形を超え、所得を超えた住まいのあり方を模索して良いのではないだろうか。

住宅ストックが整えられ、都市基盤の整った多摩ニュータウンならば、新たな資本の導入が無くてもそれが容易に実現できるのではないかと思う。地域発の住宅地開発二00四年六月にようやく全戸の入居がすんで、一四世帯揃った生活が始まった。私の関わった八王子市のコポラティブ方式による住まい作りブロジェクトは、二000年六月から四年間という長期に渡った期間を要して完成を迎えた。地域の特定非営利活動法人であるNPOFUSION長池がコーディネーターとして関わった事業として広く知れ渡っていると思うが完成までの道程は平坦ではなかった。
その顛末は、多少脚色してはいるが「市民ベンチャーNPOの底力富永一夫·中庭光彦共著水曜社」に当時の様子が書かれている。地域での住まい作りを進めるきっかけになったのは、都市機構の土地の処分を考える中から生まれた。当時の都市公団は多摩ニュータウンの土地の処分を急いでいた。
特に小さく取り残された土地の処分は新住法の関係で資力信用のある開発業者で一五戸以上の供給を前提としてなければ土地の譲渡ができなかったため、小規模の宅地の処分が現実的には難しく、個人か個人の集まる団体に対しての販売しか門戸が開かれていない事情があった。
そこで、都市公団が地域のNPOFUSION長池と協力してコーポラティブ方式などの宅地分譲の可能性について、活用方法の検討を進めたことが始まりである。住まい方の需要調査からはじまり、土地を特定しないままでの住み方の勉強会が始まった。

第1位:現金·預貯金等基本的な軸としてはコーポラティブ方式による住まい作りが念頭にあったが、地域の住宅ニーズを探ることを参加者と共にワークショップ形式で育てて行った。やがて、参加者が増え固定化していく中で、敷地を特定して住まいを具体化する作業に取りかかった。その中で重要になったのが敷地の扱いであった。建物の用途は地区計画の条件から集合住宅に限定されていた。従って、最低でも二戸を1棟として建てる必要があり、長屋形式を前提とした。問題は長屋と土地の所有形式と敷地全体の管理との関係をどう解くかだった。

建設される長屋は、二戸一長屋五棟と四戸一重層長屋1棟が想定されていて、建築確認は棟単位の敷地分割で接道する事にしたものの、全体の宅地について所有権としての線引きをどうするかが議論になった。

一般的に二戸一長屋を建設する場合は、将来的な建替をイメージして他の長屋型コーポラティブ住宅でも敷地分割を実行していた。敷地分割をするのが常識で、住宅金融公庫にも融資をする条件として敷地分割が必要であるとの要請を受けている中で、参加者とスタッフの相当な議論の末、一筆の宅地に対して二戸建て五棟と四戸建て1棟、計六棟の団地形式のマンションを建設するという考え方にたどり着いた。
融資については民間の銀行が支援してくれることになり、土地の分割に注文を付けていた住宅金融公庫も軟化を見せていた中で、法を恐れず土地の共有に踏み込んだ。当時、法律相談を理想的なコミュニティ形成が可能だとした弁護士は、最も危険な選択だと言い放ったものの、信じる共有の方向に入っていった。
というのも、建物が完成するまでは区分所有法が適用されず、土地の共有状況で破綻する人が出ると、このプロジェクトは暗礁に乗り上げるという不安があったのだ。
全員の建物は完成し最終的には区分所有法で土地と建物が連帯し幸いにして、て権利関係を守ってくれることになったが、法律の専門家に取っては危ない橋を渡ったという見解であろう。敷地分割をしなかった最大の理由は、将来に渡って垣根を造らないという計画理念から始建物の外部は共有であり、まっている。本来、必要に応じて専用されるものである。

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